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| お問い合わせ 算数・数学 20. 徒然 書店探訪草 (4) U. 数学書 探訪 ある数学書との出会いについて書きます。その本の内容としては、大学生や大学院生対象でしょうが、このコラムは、小中高すべての指導者の方が対象です。
ジュンク堂書店の梅田店で、帰りの高速バスの出発時刻が近づいてきたとき、私の目に飛び込んできた本がありました。 それは、 『関数解析』 (宮島静雄著、横浜図書、2950円) でした。 手にとってパラパラと見てみて、ビビビーーン!と感じるものがありました。 すでに、買おうとしていた他の本を私は書棚に戻し、そしてこちらの方をレジへ持って行ったのです。 ドキドキしながらハービス大阪(バス停)へ急ぎ、またこの本をかばんから出しては、ちらちらと眺めました。 とっても、シアワセでした。 それについて説明します。 私は学生時代に関数解析を専攻していたので、この本をパラパラとめくったときに目に入ってくる定理や表題の懐かしさというものがあります。 でも、それだけなら、関数解析についての(大学生向けの)数学書は、他にもいっぱいあります。 では、この本の何が私を惹きつけたのでしょう? まず、分厚さに驚きました。
でもこれだけ見たのでは、ピンときませんね。
これは、ドイツ語原文の『リーマン全集』なのですが、かなり分厚いです。 他に、私が学生時代愛読した、GOURSAT の 『A COURSE IN MATHEMATICAL ANALYSIS』(英訳本)と、LANG の『analysisT』を並べてみましょう。 ご覧のように、『リーマン全集』や『A COURSE IN MATHEMATICAL ANALYSIS』と同じくらい分厚いのです。 そして、パラパラと見たとき、すごく読みやすさを感じたのです。 分厚いことと、読みやすいことは、単純に正の相関関係にはあるとはいえません。 では、私が感じた「読みやすさ」の正体はいったい何なのでしょうか? 私は、学生時代、『A COURSE IN MATHEMATICAL ANALYSIS』や『analysisT』やAhlfors の『COMPLEX ANALYSIS』 などが好きでした。 数学書は、Definition → Theorem → Proof →…と進んでいくので、ただそれらの列挙でことが足りるわけですが、私が好きだった本は、そういうものではありませんでした。 いずれの本にも、新しい概念が出てきたときには、数式や記号をできるだけ使わずに、文章でその概念に関する説明がされていたのです。 そういうところを眺めては、私は、潜在意識に興味関心の種を蒔いていきました。(→こちら) そうして、この「種」から芽が出てきた頃、本格的にDefinition → Theorem → Proof →… と勉強を進めていくのです。 すなわち、一般の数学書は、《知》の部分の解説のみでページを埋めて仕舞いますが、私が好きな数学書には《情》の部分が織り込まれているわけです。 宮島静雄先生(敬意を表して「先生」と呼ばせていただきます)のこの『関数解析』では、さらにその説明が実に洗練されています。 「すごい!!」とうなります。 こういうのを読むだけで、楽しくなります。 もう、私はずっと昔に、数学の研究の道は選ばずに教育の道を志したのであって、今から関数解析等を改めて勉強しようというのではありません。 洗練された、《情》の部分をかいつまんで読んでいくだけで、シアワセなのです。 そして、それは、教育における理想を示してくれます。 たとえ相手が小学生であっても、洗練された《情》の過程が必要だ、と改めて思うわけです。 宮島静雄先生の本にもどりましょう。 いたるところに潜在意識に響いてくる言葉がちりばめられているのですが、たとえば、140ページ、「2.9 Hahn-Banach の分離定理」のところを見てみましょう: 《この節の目標は、Hahn-Banach
の拡張定理を幾何学的に表現することであり、平面上で言うと、「二つの交わらない凸集合があればその間を通るような直線が引ける」、という事実の一般化を証明することになる。(中略)》 これをよむと、「へーー!」と思う。すなわち、ここにおいて、すでに遥かな展望が抱かれるのだ。 そして、 《このためにまず超平面の定義からはじめる。》 このあと、定義2.75として超平面の定義が出てきて、命題2.76、そしてその証明へと続く。その後、 《Hahn-Banach の拡張定理を幾何学的に表現するもう一つの鍵は凸集合と劣線型汎関数の関係である。》 という一文があって定義2.77、命題2.78、証明、定義2.79を経て、また次のような説明がある。 《この「超平面による分離」という言葉を使うと、例えば次の定理の(2)は、「互いに交わらず空でない開凸集合と凸集合は閉超平面で分離できる」、という幾何学的な言葉で述べられて印象が強くなる。しかし、実際に応用するに際しては(…中略…)せっかくの言葉なのであるがここでは使わないで定理を述べる。》 最初に抱いた到達点を目指して、実に親切にナビゲートしてくれる。 そして、いよいよ定理2.80(Hahn-Banach の分離定理)へと続いていきます。 実に美しい言葉によって、誘ってくださっているではありませんか。 あるいはもう少し前の、104ページ、「2.3 Baire のカテゴリー定理」のところを見てみましょう: 《この節では、Baireによって得られた、完備距離空間の非常に強力な定理を証明する。後に述べる関数解析の基本定理である「一様有界性定理」、「開写像定理」、「閉グラフ定理」はすべてBaireのカテゴリー定理の帰結なのである。関数解析の重要な定理はこれらのみではないが、Baireの定理が関数解析に寄与するものは大変大きい。この定理が、距離空間の部分集合を、ある意味で全体に比べて少ない要素を持つものと、そうでないもののわずか2種類に分類することで成り立っているのは驚異的である。》 なんとも、読むだけで心がワクワクしてくるような御文章です。これが数学の本質なのです。数学的対象には『実体』があります。岡潔先生がおっしゃるところの法界における方です。それを日本語で表現するのは難しいのですが、厳密性を失うことなしに、これほど美しく表現している数学書があることは、『解析概論』以来の驚異といっていいでしょう。 こういったところがいたるところにあり、私の心をひきつけたのです。 また、この本は1冊全体が起承転結の構成になっていると私は思います。で、ここは読む人の好みというか受け止め方によるのですが、私自身は「積分の存在証明」のところが『転』であるように思いました。存在証明には、私を引きつけてやまない何かがあるのです。 もちろん人によってはその後の応用の方に心惹かれる人もいるでしょう。そこは人それぞれの感じ方によって、それぞれの受け止め方があってよいのだと思います。 さて、さらに前書きを読むと、この本を創るに当たっての宮島先生の「願い」というものが、ありありと伝わってきます。
《本書の特色のひとつは、最小限の予備知識を仮定して、関数解析の基礎的部分は特に丁寧に証明していることである。証明は簡潔さを目指すよりも、冗長であっても著者にとって自然と感じられるものを述べてある。》 こうして、500ページを越える1冊の本が、実現されているのです。 宮島静雄先生の御講義を直接拝聴できる学生は仕合わせだと思います。 私がもし今、大学生で一日中数学を学んでいられるのなら、思いっきり宮島先生の御講義を聴きたいなあと思います。 今は、時々、この本をパラパラとやって眺めて仕合わせな感じを味わうだけですが、この本から伝わってくる「理想」は、自分自身の教育活動にも日々気持ち新たに生かしていきたい、そう思っています。 すなわち、 最小限の予備知識を仮定して、学習内容の基礎的部分は特に丁寧に説明する。説明やプリントの枚数は簡潔さを目指すよりも、冗長であっても私にとって自然かつ十分と感じられるものにする。 なお、宮島静雄先生は、『微分積分学T』、『微分積分学U』も出されています。これらは、ジュンク堂(梅田店、本店とも)にはありませんでした。 旭屋書店にありました。
これらも、まさに名作といえるでしょう。大学生はもちろんのこと、理数系の大学へ進学しようと思っている高校生も、購入するといいでしょう。 『関数解析』の方は、ジュンク堂梅田店にしかありませんでした。 このコラムで紹介した3冊は、まさに名作です。全国の書店の理数書コーナーにおいてほしいと思います。 さらには、各国語に翻訳されて、世界中の学生が読めるようにしてほしいなあと思います。 そしてまた、個人的な願いですが、『関数解析』の続編を出してくださるといいなあ、とおもいます。 |
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