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| お問い合わせ 算数・数学 15.「興味関心・意欲の法則」の使い方 (3) (赤ちゃん〜幼児期) 前回、思春期から時間をさかのぼって、小学校低学年までの子供に対する「興味関心・意欲の法則」の使い方についてアウトラインを書きました。 そして、その最後に、小学校に入学してから知的学習を始めたのでは遅い、と書きました。 そのことを知れば、今まだ子供が生まれていない親にとっては、これからの胎児の時間も含めて丸々子供のために使えるわけですから、もっとも恵まれているといえます。 ただ、誤解して欲しくないのは、それじゃあ今子供が小学生だったらもう遅いのか?ということです。 人生、「今に心を尽くす」ということが最上の秘訣です。今子供が小学生なら、どう関わってあげるのが最もいいのか、この「今」に心を尽くすことです。 さて、そのとき、赤ちゃんに対しての「興味関心・意欲の法則」の使い方を認識していると、大いに関わり方が違ってくるでしょう。 そのためにも、今一度、わが子供が赤ちゃんだったときのことを思い出して欲しいのです。 (ウ)幼児に対しては? (エ)赤ちゃんに対しては? この2つについては、先に(エ)の方を見てみます。 (エ)赤ちゃんに対しては? 何歳からを幼児と言うのか、正確な定義は私は知りません。とりあえず、私の感じから、伝い歩きをするようになるまでを「赤ちゃん」と呼び、歩けるようになってから6歳までを「幼児」と呼んでみます。 「興味関心・意欲」というものを中心にしてみてみると、まさに赤ちゃんというのは驚異的です。 大学生と赤ちゃんとを比べたとき、少なくとも自分にとって新しいことを学習していくその「興味関心・意欲」のエネルギーにおいては、大学生は赤ちゃんの足元にも及びません。もちろん、ここでいう「大学生」とは過去の私のような正真正銘の大学生のことであって、遊ぶために大学に行っている輩のことを言っているのではありません。 学ぶことに熱心な大学生でも、その「興味関心・意欲」のエネルギーの勢いというものを赤ちゃんと比べてみると、まるでスロービデオを見ているようなものでしょう。 では、もう少し具体的に述べてみます。 寝返りができるようになって、四つんばいで動き足を前に投げ出して座ることができるようになった赤ちゃんを見てみましょう。 赤ちゃんは、家の中のいたるところへ動いていきます。そして、あらゆる物を手にとります。口に入れます。動かします。 赤ちゃんがこの時期に入ると、もしタバコを吸う人が家族の中にいたら、絶対にタバコを机の上や床の上に置きっぱなしにしてはいけないのは常識ですね。 家電製品なんかは、「保護」してやらなかったら、たちまち赤ちゃんの餌食になって、悲惨な姿に変わり果ててしまうことでしょう。 結構「保護」しているつもりでも、親のちょっとのスキを突いて赤ちゃんは「攻撃」をします。 今でも私には、思い出しては噴き出してしまうことがあります。 私の長男が家の中を動き回るようになったとき、ステレオデッキの身に危険を感じた私は、デッキを「保護」するためにホームセンターで、赤ちゃんにはガラス戸を空けられないようにする道具を買ってきて取り付けました。それでも、私が赤ちゃんがあっちで遊んでいるときに、と思ってそのローボードのガラス戸をあけてステレオをかけようとすると、どうして分かるのか、たちまち飛んできて触ろうとしたものです。それで、「ハイ、おしまい、おしまい」と言って、ガラス戸を綴じます。こうして赤ちゃんの猛攻からステレオデッキを守っていたのでしたが、ある日妻が「カセットテープの音が出ない」と言いました。「えっ?」と思ってみてみると、カセットテープを挿入するところに、何だったかは忘れたのですが、何かを突っ込んでありました。 赤ちゃんの長男以外にそんなものを突っ込む者はいるはずがありません。振り向いてみると、長男はあっちでアーアー言いながら済まして遊んでいます。 「やられた! それにしてもいつの間に??」 赤ちゃんの興味関心・意欲のエネルギーの強さには本当にビックリします。赤ちゃんにおいては、「興味関心」と「意欲」との間にタイムラグがないのです。 さて、身の回りのあらゆる物にこれほど強い興味関心・意欲を示す赤ちゃんです。「文字」に対してもそれは同様です。 とすれば、身の回りに、適切な「文字の教材」がありさえすれば、たちまちに赤ちゃんはそれをも吸収していくということなのです。 いいかえれば、それを妨げる「障害」は、その事実を否定して赤ちゃんに適切な「文字の教材」を与えてあげない大人であるということになります。 したがって、適切な文字の教材を赤ちゃんに与えてあげましょう。 そこで、「適切な文字の教材」とはいったい何か? どのように与えてあげればいいのか? ということになります。 それを探す場所は、本屋。 結構いいものがあります。 ただし、大切なのは、「どのようにして?」ということでしょう。これは親自身が勉強しなければなりません。 そこで、今、1冊の本をあげて見ます。それは、 『赤ちゃんに読み方をどう教えるか』(グレン・ドーマン著、サイマル出版社)です。 (他にも、『幼児は算数を学びたがっている』など、ドーマン博士の著書はたくさんあります。また、最近は新版が出ているようです。ここでは、10年以上前に私が買った本で紹介します。) この本は、前半が理論編、後半が実践編、ということになるでしょう。 特にその実践編(U 幼児に読むことを教えるには)ですが、実に細かくくわしく具体的に書いてくれています。 少し引用してみます:
そして、「親の心構え」として、
これは、すごく大切なのです。 私は、赤ちゃんに「興味関心・意欲の法則」を使うときの秘訣は、この1点に集約されているように思います。 そして、それこそが、赤ちゃんがもう少し大きくなって幼児になったとき、さらに大きくなって小学生になったときの「興味関心・意欲の法則」の使い方の原点でもあると思うのです。 前書の引用をもう少し続けてみましょう:
赤ちゃんにはじめに文字を教えるのは、まだ寝返りも打てないときになるでしょう。目を開けて天井に釣り下がったおもちゃを見て、天使のような声を出しています。赤ちゃんが最も機嫌のいい、このとき。赤ちゃんの顔の前に自分の顔を持っていて笑いかけ、「バァーー。」赤ちゃんは喜んで笑うでしょう。さっとカードを出して、1枚0.5秒以下の速さでフラッシュしていきます。カードは何でもいいのです。絵カードです。「きりん、うさぎ、らいおん、ねずみ、いぬ、…」という感じです。「あれ?何?」という感じで赤ちゃんの視線と焦点がカードを捕らえます。 1枚0.5秒以下でなければなりません。それより遅いと、赤ちゃんの驚異的な「興味関心・意欲」についていけないのです。 それでも、すぐに赤ちゃんは飽きて視線をはずします。長すぎたのです。ドーマン博士は、そうなる前に終了すること、と言っておられます。 さて、これをやっているとき、大人はとても大切な勉強を赤ちゃんからさせてもらっているのです。まさに、「興味関心・意欲の法則」の使い方そのものを。 どのタイミングで、どのようなスピードで、どのように、どのくらいの時間やればいいのか。赤ちゃんを見ながらタイミングを計ります。ひそかに、何度もカードフラッシュの練習もします。赤ちゃんに密着して赤ちゃんと気持ちを一つにします。 こうしている間、赤ちゃんとエネルギーの交流をし、そしてエネルギーの使い方を教えてもらうのです。 この体験が、赤ちゃんが成長して幼児になったとき、幼児に「興味関心・意欲の法則」を使って関わっていく原体験となります。 当然絵カードだけではなく、あらゆる知的刺激を、赤ちゃんにプレゼントしてあげましょう。そのもとはもちろん、愛情です。思いっきり抱きしめて、笑顔をかわします。泣いている赤ちゃんのオシメを換えてあげるのと、絵カードを見せてあげることとが、子育ての中で同列に並ぶように。 壁には、ひらがな表が貼ってあるでしょう。抱っこして部屋の中をいっしょに「散歩」しているとき、ひらがなを指差して、「へびの《へ》」。赤ちゃんは親の指先の文字をじっと見ます。これも、赤ちゃんが飽きる前にやめることが大切です。 (ウ)幼児に対しては? このようなことの延長が、赤ちゃんが幼児になっても続くわけです。ひらがな表は壁のもっと低い位置に張り替えられるでしょう。文字積み木など、さまざまなおもちゃが増えるでしょう。 わざわざすべてを買わなくても、身の回りのいろいろなものがすべておもちゃになります。 ステレオデッキを触るのも、実はものすごく大切な「お勉強」です。 幼児になると、いろいろな事を通して、指先が、器用に使えるようになります。 そこで、新たにクレヨンやマジック、そしてさらにはエンピツと出会って、「書く」ということをやっていくようになります。幼児にとって、楽しい楽しい遊びです。 この「楽しい遊び」ということが大切なのです。 幼児の時期には、「遊び」として、正しくエンピツを持って、プリントをするというお勉強に取り組めるように、導いてあげます。 『秘法 スーパーらくらくスタディ 直伝編』では、「幼児〜小学2,3年生までの間使える最強の意欲喚起システム」として一つのモデルを紹介しました。これは、実際に5年間以上実践されたことです。 さて、「早期教育」には弊害があると言われることがありますが、確かに子供の「興味関心・意欲」を無視して、上から強引に知識を詰め込んでいくのであれば、それは人間性を破壊するでしょう。 けれども、ここまでお読みいただければ分かると思うのですが、「興味関心・意欲の法則」にのっとってやっていく「早期教育」は、おなかが空いて物を食べたがっている子供においしい栄養のある食事を与えるのと同じに、大切なことだということなのです。 駆け足で、赤ちゃんから幼児の間を駆け抜けてきましたが、幸いドーマン博士の本をはじめ七田真氏の本など、いい本がありますから、是非読んで見られるといいでしょう。 (イ)小学校低学年に対しては? そこで、最後にもう一度、幼児期から小学校低学年につないで見ます。 7歳のとき(早い子供は6歳で)小学校の入学という人生の大行事を迎えるわけです。日本全国、このシステムで動きます。 子供にとって、一歩広い社会に出て行く、画期的なときです。 前のコラムで言ったように、子供なりにそれまでよりも大きな「社会的責任」を負うようになるわけです。 そこが大切なところでしょう。 しっかりした生活習慣を確立させることが、子供にとっての一つの「社会的責任」です。「忘れ物をしない」とか、「学校の決まりを守る」とか、「人の話をよく聴く」とかの道義的なことをしっかりと教え込んであげることが大切です。 その上で、学校で学習する教科の勉強のしかたを教えて身につけさせてあげるのです。 これが、小学校のときの教育の目標となるでしょう。 そのとき、幼児期にやってきたような、「興味関心・意欲の法則」の使い方ができるわけです。少なくとも小学校3年生までは、どんな子供に対しても有効でしょう。 遊びの要素をふんだんに取り入れて楽しんで進めながらも、勉強の基礎、生活習慣の基礎はしっかりと身につけていくというスタンスです。 ところで、「興味関心・意欲の法則」の観点から言えば、成長していくにつれて、これを使う能力は失われていってしまいます。 平たく言えば、「物覚え」が悪くなっていきます。体は硬くなっていきます。心も硬くなっていきます。 だからこそ、早い時期、より身も心もやわらかい時期、「興味関心・意欲」のエネルギーの高い時期が大切なのです。 (※)最後に2つ… なお、このコラムでは、もっと大切な「情操教育」については、直接触れていません。けれども、小さいときによいものを与えるという点では、同じことです。 小学校に入るまでに、「情操」についてはある程度の土台ができてしまいます。 これまた端的な言い方をすれば、将来自分(親)を平気で捨ててしまうような子供になるか、自分(親)が倒れても最後まで見てくれるような子供になるかは、これまでにあらかた土台はできてしまうと考えておくといいでしょう。 それに続く小学校時代で、もうほとんど「情操面」は固まってしまうでしょう。有害なものには触れさせないことが大切です。インターネットも携帯も子供にとっては有害です。このことは、はっきり申し上げておきます。 「情操教育」については、特に幼児期が大切です。 上では書いていませんが、絵本の読み聞かせを毎晩してあげましょう。家の本棚には小学校入学までに100冊でも200冊でも絵本が並ぶようにしてあげましょう。(もちろん、1冊ずつ増やしていくのです。全集物をドカーーンと並べるようなことはしてはいけません。) (「情操教育」については、別のコラムで機会があれば触れます。) そして、もう一つ。このコラムで触れてないことで、大切な事があります。 はじめに私の長男が家の中を動き回るようになったときの「赤ちゃんの破壊行為」について書きましたが、これには、とても大切な意味があります。これは、直接算数教育に関わる大切な事です(自然数1の獲得)。これも、また別に述べることにします。 |
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